22唐津藩・対馬藩田代領 佐賀県域には、江戸期は佐賀藩の他、唐津藩、対馬藩田代領、幕府直轄領が置かれていました。唐津藩は現在の佐賀県北部にある唐津市一帯にあたります。最後の唐津藩主小笠原長国の養子である長行(ながみち)は、幕府の要職に就き、新政府軍と対峙したため、戊辰戦争後の唐津藩は苦しい立場となりました。また、対馬藩の領地の一部が、現在の佐賀県東部、鳥栖市田代付近にありました。文久元年(1861年)にロシアの軍艦ポサドニック号が対馬の一部を占領した際には、田代領から316名が出兵しました。