佐賀県立 九州陶磁文化館

展示案内EXHIBITION

2022年4月 常設展示リニューアル

第1展示室「有田焼の歴史」

01 展示室入口.jpg

 常設展示の一室を「有田焼の歴史」としてリニューアルし、有田焼をはじめとするやきものの魅力をより分かりやすく発信する内容に一新しました。

 「有田焼の歴史」では、有田焼の始まりから現在に至るまでの約400年の歴史に沿った7つの項目を小部屋に分けて紹介しています。項目ごとに部屋の雰囲気が異なっていて、部屋を巡りながら有田焼のストーリーを体感することができます。

 展示室の入口では、皿の形の大型スクリーンに江戸時代の有田焼や鍋島焼のデザインが次々に現れては変化する美しい映像が皆さまをお出迎えします。

1 日本磁器の誕生
02 日本磁器の誕生.jpg 日本の磁器は、江戸時代初期に有田一帯で誕生しました。
 朝鮮半島からもたらされた技術によって中国の磁器を模倣することから始まります。その後、良質な陶石の存在や佐賀藩による保護と管理を背景に産地として発展していきます。

2 技術の革新
 日本磁器の誕生から数十年後に有田の磁器生産は飛躍的な技術革新を遂げます。
中国からの技術の導入と独自の改良により日本初の色絵磁器を生み出し、成形や絵付の技術を向上させることで中国磁器に迫る高品質の製品を生産できるようになりました。

3 日本磁器の完成 柿右衛門と鍋島03 日本磁器の完成.jpg
 肥前の磁器は17世紀後半に更なる技術発展を遂げ、日本磁器の双璧と言われる「柿右衛門様式」と「鍋島様式」が完成します。
「柿右衛門様式」はヨーロッパの王侯貴族や日本の大名家などへ向けた高級品として民間の窯で作られ、洗練されたデザインや技術を誇る「鍋島様式」は将軍家への献上を目的として佐賀藩直営の藩窯で作られました。

 このブースでは、県重要文化財の色絵唐獅子牡丹文十角皿(柿右衛門様式)や国重要文化財の染付鷺文三足大皿(鍋島様式)などの名品を展示しています(展示替のため公開していないことがあります。)。 032 染付鷺文三足大皿.jpg031 色絵唐獅子牡丹文十角皿.jpg
 また、部屋の中央に置かれた皿形のスクリーンに江戸時代の柿右衛門様式と鍋島様式の素晴らしいデザインの映像が順に映し出されます。この映像は絵付から完成までの工程を再現する流れとなっていて、最初はくすんだ色で描かれた文様が窯で焼き上げたようにみるみる鮮やかな色に変わっていきます。

4 海を渡る04 海を渡る 蒲原コレクション(有田町所蔵).jpg
 中国での明から清への王朝交代に伴う内乱などにより17世紀中頃に中国磁器の世界への輸出量が激減しました。中国磁器を重要な貿易品としていたオランダ商人は、代わりとなる磁器を他に求め、この頃には既に中国磁器の品質にせまっていた有田焼が選ばれました。
有田焼の輸出時代は約100年間続き、有田の磁器産業は大きな発展を遂げました。
 >>蒲原コレクション

5 暮らしを彩る05 暮らしを彩る.jpg
 海外輸出が衰退してくると肥前の磁器産地は、経済的に豊かな時代を迎えていた国内へとその市場を転換していきます。町人を中心に多様な文化が栄え、需要を捉えた様々な有田焼が江戸の暮らしを彩りました。

6 新時代の幕開け
 幕末の開港前夜、本格的に海外市場への再進出を果たした有田焼。有田の豪商、久富与次兵衛やその権利を継承した田代紋左衛門により海外への輸出が行われます。新しい有田焼を開発し、ブランド化に努めた彼等の様々な改革は近代における新たな発展をもたらします。

7 今とこれから
 有田焼は、歴史の波を超えて400年にわたり継続してきました。芸術的な陶磁器では、伝統的な技を礎により美しくさらなる高みを目指した挑戦が続いています。日用食器や工業製品では、変化するニーズに対応した商品を開発することで技術革新を進め、暮らしをさらに豊かにする製品を作り続けています。
有田は、これからも社会の要求に応えて人々に愛される「日本磁器」の産地として変化していくことでしょう。

《テーマ展示コーナー》
 歴史に沿った小部屋を巡った後は、4つのテーマ展示コーナーでお楽しみください。
「有田焼ができるまで」
 有田を代表する伝統的な色絵磁器の工程を実物を用いて解説しています。
「有田焼Q&A」
06 有田焼のデザイン(MY ARITA).jpg 有田焼に関する疑問や用語を解説しています。
「やきもの産地マップ」
 有田、肥前、九州の地図に、陶磁器産地や博物館、史跡等の情報を紹介しています。
「有田焼のデザイン」
 手元のモニターを操作して、皿の形と文様を選んで自由にオリジナルのデザインを創るコーナーです。自分がデザインしたオリジナルの皿といっしょに写真を撮ることもできます。