美しき自然の姿に惹かれて ~資料紹介・野口謙次郎《風景》~ほか
ただいま、美術館で好評開催中のコレクション展「佐賀・日本画の眺望」。
佐賀出身の3名の日本画家、池田幸太郎・野口謙次郎・立石春美の手による館蔵の名品を展示しています。
池田幸太郎を紹介した前回の記事から間が開いてしまいましたが、今回は、塩田町(現在の嬉野市塩田町)出身の日本画家、野口謙次郎(のぐちけんじろう)の人と作品について紹介します。
1898(明治31)年に旧佐賀蓮池藩士の家に生まれた野口謙次郎は、東京美術学校(現在の東京藝術大学)に入学し、日本画を学びました。日本画科では同じ佐賀出身の川浪養治(かわなみようじ)が一学年上に、鍋島紀雄(なべしまただお)が二学年上に在籍していたそうです。
当時美術学校で教えていた松岡映丘(まつおかえいきゅう)、結城素明(ゆうきそめい)などの画家に影響を受け、温和な筆致で主に山水(自然)の風景を好んで描きました。
山を愛した野口は、磐梯山(福島県)、穂高岳、焼岳(長野県・岐阜県)など各地の名峰に赴き、その雄姿を作品におさめています。
さらに、長野の志賀高原や青森の十和田湖、紀州和歌山の熊野路、北海道の阿寒湖や層雲峡など、日本各地の名勝の地に旅行し、多くの美しい風景画を描きました。1934(昭和9)年には、青森県の奥入瀬川を描いた作品《奥入瀬》が、帝展(帝国美術院展覧会、官設の美術展覧会)で特選を受けています。
今回のコレクション展に登場する野口の作品《風景》は、自然のなかの地方の集落を描いた、大画面の作品です。
画面下方、渓流に沿って植物が茂っています。植物は種類が細かく描き分けられ、自然の形象に対する野口の観察眼の細やかさが感じられます。渓流も野口の作品によく見られるモチーフです。
中景には悠然とそびえたつ山々に抱かれるように、田舎の家々が群れ建っています。手前の畑では、野良仕事に励む人の姿も小さく描かれています。
いったい、これはどこの風景なのでしょう?
タイトルに地名が付いていないことから、特定の場所の風景ではなく当時の日本の地方の典型的な風景、もしくは風光明媚な土地を愛した、野口の心の理想郷のような場所を表した作品なのかもしれません。
別の作品《風景(早春)》には、雪解けも近い里山の光景があらわされています。
積もった雪の白と、常緑樹の緑の対比が美しい作品です。
《春渓図》は、やや小ぶりな作品ですが、渓流にはらはらと花びらを落とす山桜の姿が、深山の春の清澄で雅やかな空気をよく表しています。
野口謙次郎という画家については、残された作品や資料が少なく、残念ながら画歴の全貌はあまり明らかになっていません。しかし、残された作品からは、自然に心惹かれ、美しい風景を求めて各地を旅したひとりの画家の姿が見えてきます。
これから花や植物、虫や魚が元気になり、自然がいっそう美しさを増す季節。
旅を通して自然を見つめ続けた野口の滋味深い作品を、ぜひ展示室で味わってみてください!
(文責:学芸課 秋山沙也子)