名護屋城博物館

名護屋城とはNAGOYA-CASTLE

名護屋城跡

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  • 「文禄・慶長の役」の拠点として秀吉も1年あまり在陣しました。
  • 築城は1591(天正19)年に始まり、諸大名による割普請(わりぶしん)によってわずか数ヶ月で完成したといわれています。
  • 江戸時代の初期に破却(はきゃく)されたと考えられ、石垣が広範囲にわたって崩されています。
  • 建物は現存していませんが、発掘調査を行い、建物の遺構や出土遺物について研究を進めています。 

見学にかかる時間

おおよそ30~40分(博物館→三ノ丸→本丸→博物館)
二ノ丸等もご覧になられる場合は時間にゆとりをもってお越しください。
※大学生以上の方には清掃協力金(100円)をお願いしています。

城跡案内(要予約)

名護屋城跡観光案内所(唐津観光協会) 電話:0955-82-5774

天守台(てんしゅだい)

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かつては五層七階の天守閣(てんしゅかく)が建っていました。初冬には対馬を望むことができます。

本丸御殿(ほんまるごてん)跡

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平成21年度まで発掘調査を行い、礎石(そせき)(建物の基礎となる石)や玉石(たまいし)を確認しました。

埋(う)められた石垣(いしがき)(本丸)

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本丸では、一度築かれたのち拡張のために埋められた石垣を一部ご覧いただけます。

本丸大手門跡(ほんまるおおてもんあと)

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この場所の門を伊達政宗が仙台・青葉城に移築したという伝承があります。

大手口(おおてぐち)


長い坂を上り三ノ丸へ入ります。
春には美しい桜がご覧いただけます。

青木月斗句碑(あおきげっとくひ)

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本丸には昭和初期に建てられた俳人・青木月斗の句碑があります。

整備状況

 平成18~19年度は、天守閣跡・三の丸南東隅櫓台(すみやぐらだい)・井戸の整備を行いました。

天守存整台 保備の概要

 「肥前名護屋城図屏風」には五層七階の天守閣が描かれており、その高さは石垣から25~30メートルであったと推定されています。
 発掘調査では16箇所の礎石(柱の土台)と半地下部分の「穴蔵」の石垣、二箇所の出入り口が確認されています。穴蔵の床面は玉石が敷き並べられた土間であったことも分かりました。
 現在は、土盛りをした上に模擬石を用いながら基礎部分を復元しています。

天守台説明板
天守台説明板(クリックすると大きな画面が開きます)

三の丸南東隅櫓台 保存整備の概要

 新旧二つの石段が確認されています。
 恐らく、途中で何らかの設計変更が行われ、石段が付け替えられたものと考えられます。
 現在は、旧石段を掘り下げて整備し、改造前後の地面の高さの違いを表現しています。

三の丸南東隅櫓台説明板
三の丸南東隅櫓台説明板(クリックすると大きな画面が開きます)

三ノ丸井戸跡 保存整備の概要

 自然の割石を積み上げた石組みで造られており、現在の深さは2メートルほどです。
 後の時代に埋められているため、当時どの程度の深さがあったかは不明です。
 三ノ丸は盛り土で構築されているため、湧水の深さまで掘ったとすればかなり深いものと考えられます。

三の丸井戸跡説明板
三の丸井戸跡説明板(クリックすると大きな画面が開きます)