保存整備事業
特別史跡「名護屋城跡並びに陣跡」保存整備事業の概要
名護屋城跡(南から)
名護屋城跡を中心とする半径3キロメートルの範囲には、130箇所以上におよぶ全国の諸大名の陣屋跡が分布しています。このうち、名護屋城跡と23箇所の陣屋跡が特別史跡「名護屋城跡並びに陣跡」に指定されています。国の史跡に指定されたのが大正15年(1926)、特別史跡には昭和30年(1955)に指定されました。
最初に陣跡の保存や調査が始まったのは昭和51年(1976)のことで、翌52年度には学識経験者から組織された「名護屋城跡並びに陣跡保存整備委員会」が発足しました。
その後、委員会を中心に中長期的な計画が策定され、県や地元市町による調査が進められています。
平成5年(1993)10月には当館が開館、他に類のない桃山時代の城郭遺跡群を次の世代に引き継ぎ、またその調査研究・保存整備を通して社会に貢献するべく、保存整備事業の中核施設として活動しています。
開始期(昭和51~60年度)
鎮西・呼子地区に県立高等学校の設置や国営の大型土地改良事業が決まったことに伴って、陣跡の分布調査・発掘調査が本格化しました。遺構の状況や整備についての情報がほとんど蓄積されていない段階であったため、名護屋城からではなく、周囲の陣跡から保存整備事業が始められました。
発掘調査
- 豊臣秀保陣跡、堀秀治陣跡
環境整備(遺構表示・案内板設置・見学路整備・石垣修理など)
- 豊臣秀保陣跡、堀秀治陣跡
豊臣秀保陣跡(整備後)
堀秀治陣跡(整備後)
第1期保存整備(昭和61年~平成4年度)
中近世城郭緊急保存修理事業に基づき、名護屋城でも崩壊の危険の高い箇所を対象に石垣修理に着手しました。また、陣跡の発掘調査も進みました。
発掘調査
- 名護屋城跡全域の予備調査
- 名護屋城跡
山里口、遊撃丸、本丸大手、搦手口 ほか - 堀秀治陣跡、古田織部陣跡、加藤嘉明陣跡、徳川家康別陣、木下延俊陣跡 ほか
環境整備(遺構表示・案内板設置・見学路整備・石垣修理など)
- 名護屋城(山里口、遊撃丸、大手口、三ノ丸、水手曲輪 ほか
- 堀秀治陣跡、加藤嘉明陣跡、古田織部陣跡
名護屋城跡 山里口(整備後)
加藤嘉明陣跡(整備後)
第2期保存整備(平成5~14年度)
第1期から引き続き石垣修理を行いながら、名護屋城跡の本格的な発掘調査が始まりました。大規模な改造の痕跡や本丸御殿跡・山里丸の茶室跡など貴重な発見が相次ぎました。また、地元町による周辺陣跡の発掘調査も始まりました。
発掘調査
- 名護屋城跡
本丸、天守台、二ノ丸、三ノ丸、水手曲輪、 山里丸、鯱鉾池 ほか - 徳川家康別陣、前田利家陣跡
環境整備(遺構表示・案内板設置・見学路整備・石垣修理など)
- 名護屋城
本丸、天守台、二ノ丸、馬場、山里丸 ほか - 堀秀治陣跡、古田織部陣跡、木下延俊陣跡
名護屋城跡本丸 埋められた旧石垣
名護屋城跡山里丸"草庵茶室跡"
第3期保存整備(平成15~24年度)
名護屋城跡山里丸・弾正丸や、城下町地区、当時の軍用道路である太閤道(たいこうどう)などの発掘調査をおこなったほか、名護屋城本丸御殿跡の整備に着手しました。
また、名護屋城跡において危険個所の石垣修理や環境整備を行いました。
発掘調査
- 名護屋城跡
本丸、山里丸、鯱鉾池 ほか - 前田利家陣跡、鍋島直茂陣跡
- 城下町地区、太閤道
環境整備(遺構表示・案内板設置・見学路整備・石垣修理など)
- 名護屋城跡
天守台、本丸、二ノ丸、三ノ丸、水手通路 など - 前田利家陣跡
名護屋城跡天守台(整備後)
名護屋城跡三ノ丸櫓跡(整備後)
第4期保存整備計画(平成25~令和4年度)
平成25年度からは第4期保存整備計画に沿って事業を進めます。
名護屋城本丸御殿跡の整備や危険個所の石垣修理を第3期から継続して行うほか、山里丸で確認された草庵茶室跡の整備などを計画しています。これらの事業は保存整備委員会・文化庁の指導を受けて実施します。
発掘調査(予定)
- 名護屋城跡
本丸、山里丸、弾正丸、船手口 ほか - 徳川家康陣跡、黒田長政陣跡、島津義弘陣跡 など
環境整備(予定)(遺構表示・案内板設置・見学路整備・石垣修理など)
- 名護屋城跡
本丸、水手通路、山里丸 など - 前田利家陣跡・徳川家康別陣跡の説明版 など